黒木 茜 OFFICIAL SITE

  • HOME
  • HORSES
  • PROFILE
  • INFORMATION
  • SUPPORTERS
  • SPONSORS
  • BLOG
  • ENGLISH
  • CHINESE

黒木 茜 OFFICIAL SITE

PROFILE

PROFILE

黒木 茜AKANE KUROKI

1978年8月13日生まれ。兵庫県出身。ドレッサージュ(馬場馬術)選手。20歳で馬術をはじめ、程なく国内大会に出場。2012年、全日本馬場馬術大会セントジョージ賞典馬場馬術・決勝において5位入賞を果たしたのを機に来欧。オリンピック三連覇を誇るアンキー・ヴァン・グルンスヴェン(Anky van Grunsven)に師事し、国際大会での経験を重ねた後、日本代表入りを目指す。

2015年に行われたリオデジャネイロオリンピックグループ予選では、自身初となる日本代表に選ばれ、チーム2位での成績で日本の団体出場権獲得に貢献。

2016年からは実力馬Tootsをパートナーに迎え、オランダの名手、イムケ・シェルケンズ・バーテルス(Imke Schellekens-Bartels)、ティネケ・バーテルズ(Tieke Bartels)指導のもと、リオデジャネイロオリンピック出場を果たした。

また、日本では介護施設の経営者として多忙を極める中、日本とオランダを往復しながら東京オリンピック出場を目指し、トレーニングを続けている。

INTERVIEW

 with Radames

”動物が好き!それが馬術を始めたきっかけでした。”

幼い頃から動物が大好きだったという黒木茜。姉に誘われ、初めて乗馬クラブに通い始めたのは20歳の頃。選手生命の長い馬術選手としても遅いスタートだった。

それでも、馬に乗った瞬間の感動は今も忘れられないという。「馬はとても温かくて、息をする度にお腹が大きく膨らんで、その動きが鞍の下から全身に伝わってきたのです。馬の背に跨った瞬間は言葉では表せないほど衝撃的でした」。

一瞬にして馬の虜となり、足繁く馬たちの元に通うようになった黒木は、負けず嫌いな性格も合間って、「もっと速く走りたい!」「障害物を飛んでみたい!」「競技に出てみたい!」と次々と目標を定めた。「その中で一番成績が良かったのがドレッサージュでした。大会で良い成績を取れるのが嬉しくて、ますますのめり込んでいきました」。

”肢を高く上げたり、交差させて横へ動いたり、馬の美しい姿を披露できるのがドレッサージュの醍醐味です!”

転機となったのは2012年の全日本選手権。競技は馬や選手の能力・技能に応じてレベル分けされ、各クラスでチャンピオンの座が争われる中、黒木が出場したのは国際大会への登竜門とも言えるSt. George(セントジョージ)。その決勝戦で見事5位入賞を果たしたのだ。「それまで何度も挑戦してきた中で初めて、外国人の審判員の方に採点して頂き、高く評価して頂きました。あまりにも嬉しくて、新たな道が開けたように思いました」。経験と実績が重んじられる馬術界では、競技歴10年もまだ新人。だからこそ、今からでも遅くない!本場で学びたい!そして、自分の可能性を試してみたい!大きな夢と期待を胸に2013年、黒木はトレーニングの拠点をヨーロッパへと移した。

with Uranus - Photo by UPP

”限られた時間の有効活用こそが両立の秘訣です。”

ところが、言うは易く行うは難し。会社の経営者でもある黒木にとって、日本を離れることは簡単ではない。「私が馬に乗ってトレーニングできる時間は限られています。その代わりに、インターネットで目標とするライダーの騎乗を見てイメージを膨らませたり、地上での身体作りや、メンタルトレーニングを大切にしています。人と比較するのではなく、自分のできることに集中して、馬とより効果的なトレーニングをするように心がけています」。

with Don Luka

with Toots - Photo by Chikako O./UPP

”強運は私の宝物!
そしてもう一度、東京オリンピックの舞台を目指します!”

渡欧から3年。瞬く間に日本代表にまで駆け上がり、描いた夢を次々と実現させてきた黒木。2016年にはリオデジャネイロオリンピック日本代表の座も勝ち取った。「私は本当に運が強いのだと思います。馬、人、そして勝利に恵まれた私の強運は宝物ですね」。勝負の世界も、ビジネスの世界も、強運を惹きつける力もまた実力。
東京オリンピックでの更なる飛躍を誓い、黒木の挑戦は続いている。

at Rio 2016